肩の力を抜いて、自由なスタイルで楽しんでこそのお酒だが、酒グセのよくない人のおかげで興ざめしてしまうのもまた事実。 「無礼講といったって、少しは礼儀をわきまえてほしいなぁ」と思ったことのある人は多いのではないだろうか。
実は、日本には茶道や華道と同じく、酒の席でも礼儀作法を通じて精神の修養や統一をする目的の「酒道」があった。
室町末期に起こり、江戸時代にはかなり定着していたようだ。数少ない文献として現存する、
古文書「酌の大意(または「酌の次第」ともいわれる)」には、酒席におけるお酌の仕方、礼儀作法などが詳しく記載されているほか
客席の見取り図まで入った懇切丁寧なマニュアルとなっている。
研究者によれば、このほかにも主人側のもてなし方、客の受け方、姿勢、酒席の配膳からお燗の仕方、肴や酒器の選び方まで
じつに事細かに作法が決められてたとゆうから驚きだ。武家用や商用など、2,3の流儀まであったらしい。
その酒席のルールのひとつ、上座から下座へ順に盃を回し、また上座へと返していく「廻り盃」(めぐりさかずき)は
「荒城の月」の歌詞にも登場することから、明治時代中頃まで、酒道は人々の間に浸透していたようだ。
今でも、「献盃」、「返盃」、「お流れ頂戴」、といった言葉としては残ってはいるが、酒道そのものはいつのまにか途絶えてしまった。
欧米文化の自由でおおらかな飲み方の押されてしまったのか、はたまたはじめこそ作法にのっとって粛々と進行していたものの相手は酒。
盃を重ねるうち、「まぁ、固いこと言わずに・・・」という状況も想像できるが、さて、本当のところは?
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